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管理人:sarilin
出身・在住⇒滋賀県大津市
生年月日 ⇒1970年12月
血液型  ⇒O型
職業   ⇒キャディ
わけあって、シングルママになりました。息子と二人で忙しい毎日を送っています。性格はいたって明るい、しかし大きいことには動じないが小さいことに大きくびびります。物事は形からのわりに何でも適当!
だけど、どうでもいいことには細かい。育児もとにかく楽がしたい(笑)寝るのと、食べるのと、Mr.Childrenが大好き。

息子:かーくん
出身・在住⇒神戸市・滋賀県大津市
生年月日 ⇒2004年8月
血液型  ⇒A型
職業   ⇒小学生
好きな物 ⇒玉子焼き、ミカン、ポケモン、サッカー
嫌いな物 ⇒豆、キノコ、丸坊主、耳かき
将来の夢 ⇒学校の先生
生後1ヶ月のとき川崎病で生死の境を2日間さまよいましたが、今ではとても元気。先天性の眼振がありますがそんなこと気にもさせないほどのやんちゃぶり。

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かーくんと病気との戦い 2

入院2日目
朝、とてもいいお天気でした。先生が回診にこられたときいきなり病室がぐらぐらゆれました。
地震でした。かーくんもこれには驚いたのか目をあけました。
まだ一向に熱が下がる気配はなし。
午後になり看護師さんと先生がちょうどこられた時酸素飽和度の機会が大きな音
でなりました。
見ると50%・・・。又取れたかと思いきやちゃんとくっついています。
かーくんを見ると全身肌が紫色の網目のような感じになっています。
チアノーゼです。呼吸も浅くぐったりして・・。先生がすぐに見てくれましたがすぐに納まり
急激に熱が上がるときにショックでこういうことが起きますといわれもう一度隋液の検査を
します。と言われかーくんはつれていかれました。
今回も隋液には異常なし菌の正体はまだ分からない。
今度、チアノーゼが出たらすぐに言って下さいと言われた。
その後又、夕方同じような症状が出た。今度もすぐに治まった。
しかし、すぐに血液検査をされて先生が病室にこられて
血液中の白血球の数値が下がっている分かりやすく言うと、血液中でばい菌をやっつける
兵隊の数が減ってきているので兵隊を増やしたい。それは血液製剤をつかう事です。
輸血とは又違うのですが、「ガンマブロフェリン」という薬です。これを血液中に入れると
兵隊が増えると言う事らしいです。
同意書を持ってこられて・・・。私だけで判断は出来ないので旦那に電話して先生に
説明をしてもらった。
同意書にサインして早速薬を点滴で入れる事になりました。
同時に、先生からもしも夜に昼間起こった呼吸困難が又起こったとして一般病棟では
対応しきれない事があるかもしれません大事を取ってNICUへ移動しませんか?
と言われました。母の看病をしていた事もあり先生は私に気をつかってやんわり
言われたのだろうけどNICU(新生児集中治療室)が意味する事は私にはわかりました。
その事を了解して、夜勤の交代になる前に移動する事になりました。
午後5時NICUへ移動。移動してすぐに授乳させてもらえると確認したのにさせてもらえず
「お母さんは待合室で待っててください」と言われ待ちました。
外は、大嵐。台風の強風でえらい事になっていてポートライナーもタクシーもない状態
橋は一時通行止めとなっています。
窓の外の嵐を見ながら一人暗い待合ロビーで待っていました。

私って結構、強がりなところがあって小さいころは泣き虫でよくいじめられました。
ちょっとしたことですぐ泣くから面白かったんだと思います。
その私が中学1年のときから泣かなくなりました。
と言っても、映画やドラマなんかではオイオイないてますが・・・。
絶対に人の前では泣かない。中学・高校の卒業式も、変な話
母が亡くなるときもお葬式のときも一滴も人前で泣きませんでした。
何でそんなに意地になってるのかは自分でもわからないけど、
かーくんがこんな事になってもやっぱり人前では泣けません多分泣くと
冷静でいれなくなるからだと思う。
だから、一人になったロビーで待っていると自然に泣けてきました。
なんで、お母さんはかーくんを連れてきてくれたのに・・・。
かわいすぎて連れて行こうとしてるのか?いろいろ考えながら
「頼むから、かーくんを連れて行かないで、せっかく生まれてきてくれたのに
早すぎる。まだ1ヶ月やし・・・。お母さん・・・。」
と心の中で何回も願い祈りました。
2時間ほどたったころ主治医女医さんの原田先生(仮名)が「お母さんすいません
長い事またせて」と話し掛けてきました。
きっと、泣いてたの見られたのかもしれません。私は平静を
装いながら「ながいですね~どうなってるんですか?」と・・・。それしかいえなかった。
何でも、点滴の針がなかなか入らなくて体を温めたりしていて時間が大幅に
かかっているとのこと。
原田先生は、私が心配してると思い話し相手になってくれにきたみたい。
かーくんが生まれる前のことや、名前はどうして決まったのかとか・・・。
いろいろ1時間くらい話したころ、やっと看護師さんが呼びにきました。
午後8時半にっていました。
かーくんは点滴をしているから飲まなくても大丈夫と言われましたが5時間近く
おっぱいを飲まずに痛い点滴の針を何回も足や手にさされていたようで
何箇所か青あざが出来ていました。両手・片足に点滴・・・。
哺乳瓶を嫌がってミルクを飲まなかったと言う事で母乳をあげてもいいといわれ
色んなものをつけられていて抱きにくかったけど抱っこして飲ませました。
でもびっくりしたのは、ぐったり寝ていたのにおっぱいを顔に近づけると不思議な事に
すごい勢いでかぶりつき、すごい勢いですい始めました。
120ml(スケールで計測)ほど飲んでまた、眠りました。
看護師さんたちもびっくりしていました。しんどいはづなのに、すごい!!って。
授乳が終わって5分ほどして先生の説明がありました。
血液製剤を入れ出したのでこれで熱が下がってくれると良いのですが・・。
今の段階ではなんともいえませんとのこと。NICUなら自分たちも常駐しているので
安心してくださいと。付き添いは出来ないのでお母さんは帰って休んでください。
と言われました。
帰り際、ふと周りを見渡して足が止まりました。
かーくんの周りには、保育器に入った手のひらに乗るくらいの本当に小さい赤ちゃん
やいっぱい点滴をされている赤ちゃん、小さい命が必死に生きようと戦ったいる
光景でした。かーくんは新生児ではないのでなんだか、大きくてたくましく見えました。

外は大嵐旦那はのんきに帰ってきたら?って!!
かえるに帰れない状況で小児病棟へ荷物を取りに行ったら看護師さんが
「こういう状況ですから病室に泊まってもらっていいですよ」といってくれ甘えさせて
もらう事にしたがポートライナーが動き出したとのことなので家に帰ることにした。
本当は帰りたくなかった。少しでもかーくんの近くにいたかった。
後ろ髪を惹かれる思いでライナーに乗って家に帰った。

家に帰ってきて又、泣けてきた洗濯物を干しにベランダに出て一人で泣いた。
思えばかーくんが生まれてからこんなに長い時間離れたのは初めてだった。
夜中に2回おっぱいが張って来ていたくて搾乳した。明日持っていこうと思い冷凍した。
眠れなかった?眠ったかもしれないけど熟睡はしてないと思う記憶がない。

がんばれかーくん!!お母さん連れて行かないでください。おねがします。
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